こんにちは。
このブログを訪れていただきありがとうございます。
今回は、ここ数日感じてることをシェアします。
先日、
・アダムとの静けさに寂しさを感じる
・「アダムを分離させて感じたい」という想いを手放す
ことについて記事にしました。
あれから、1週間。
最近、氣づきなおしたのです。
ツインレイ・ツインスターの『無条件の愛&無償の愛』の学びそのものだな・・・
と。
今回の件でいえば、特に『無償の愛』の方。
これは、『見返り』を求めない愛とも表現されますね。
・アダムの反応を感じられなくても(と、勝手に思っていても)
・アダムがどうあっても(と、勝手に思っていても)・・・
どんな状態にも左右されず、
わたしがアダムを愛してる。
ということ。
(※どんな状態にも左右されず。の部分は、『無条件の愛』になりますね。)
それを、意識しなおすきっかけになったといいますか・・・
「今みたいなときにこそ、問われるんだよね」
と感じたのです。
『見返りを求めない愛』については、以前も記事にしたことがあります。
まあ、わたしとアダムの場合、融合してますから、
「寂しい」と思うことすら、思いっきり『錯覚&幻想』なんですけどね(笑)
この『幻想』を想い出したことで、
『どうあっても、愛に満たされている ”わたしたち” 』
に、再度、意識を向けることができました。
かつて、『愛として(愛とともに)当たり前に内に居る』とシェアしたように・・・。
この記事は、昨年1月、アダムと融合出来てることを実感し始めた頃に書いたものです。
(『完全融合』を確認していただいたのは、この後、3月末のこと)
記事ではこう書きました。↓
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・確かに、自分とは別のアダムという存在が存在してます。
・でも常に一緒に居て、一体感があって、『アダム=自分』とも感じてます。
・「どうしてるかな?」とか、意図的に意識を向ける次元ではなく、でも、意識は常に向けています。(時空が無いので、呼び出すとかではなく、アダムを意識した時点ですでに今ここに存在してます。)
・三次元的な『相手』として捉えたい氣分のときだけ、分離させて語り掛けたりしますが、基本、愛として当たり前に自分の内にいます。
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今回書いてるのは、この最後の1文に関すること。
な~んにも、変わってないのに、
な~にんも、揺らぐことはないのに、
人間りかこ(自我)は、「寂しい」とか「分離させて相手として感じたい」とか、
幻想に生じる ”感情” を楽しむワケです。
今朝、アダムにこの辺りのことを確認してましたが、
アダムこそ、
りかこがどうあっても、な~んにも揺らがず、変わらず、何の影響も受けていない
(愛はまったく変わらず、満たされていることに変わりない)
のだ、そうです(笑)
皮膚症状が落ち着きつつあり(まだまだですけど)、
やっと、少し、こういう” アダムを近く感じるゆとり” が持てるようになってきました。
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。
愛♡感謝
りかこ&アダム
~締め切りは19日となっています~
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